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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)10130号 判決

原告 前野三枝

被告 松野石材工業株式会社

主文

被告は原告に対して金三五万円及びこれに対する昭和二九年三月二一日から支払済まで年六分の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金一〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、

被告は昭和二八年一二月一九日訴外遠藤初男宛に金額三五万円満期昭和二九年三月二〇日振出地支払地ともに東京都荒川区支払場所荒川信用金庫尾久支店なる約束手形一通を振出し、右遠藤はその頃原告に対し右手形を裏書譲渡し、原告はその所持人となつた。

原告は右満期に右手形を支払場所に呈示して支払を求めたが支払を拒絶された。

そこで原告は被告に対して右手形金額三五万円及びこれに対する呈示の日の翌日である昭和二九年三月二一日から支払済まで商法所定の年六分の遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだと述べ、

被告の抗弁に対して、

商法第二六五条の法意は取締役が会社の責任で密かに私利を営むことを防止しようとするもので会社の責任によつて利益を収める余地のない行為については同条は適用ないものと解すべきものであるところ、本件手形の振出については被告と訴外遠藤との間には何等実際の取引はなかつたが右遠藤は単に支払保証の意味で宛名人、裏書人となつたにすぎないもので、本件手形の右遠藤宛の振出は取引の手段であつて会社と相手方の取締役との間に何等利害の衝突を来さないものであるから右振出については同条の適用ないものである。又本件手形面には遠藤初男は被告の取締役であるとの表示がなく原告はこれを知るに由もなかつたもので仮に被告の代表者松野誠が取締役会の承認なきため遠藤に対して本件手形を振出す権限がなかつたとしても被告の代表者として自ら本件手形を振出しその手形が悪意の第三者に裏書譲渡された限り商法第二六二条によつてその責任を免れないものである、と述べ、

予備的請求として主文第一項と同額の金員の支払を求め、その請求の原因として、仮に本件手形が取締役会の承認なくして振出されたため無効であるとしても本件手形は被告の業務の執行について振出されたもので原告に手形金額及びこれに対する満期後の年六分の損害金が既に生じ、又は生ずることが明確であるから原告は民法第七一五条によつて損害賠償として被告に主文第一項と同額の金銭の支払を求めると述べた。

〈証拠省略〉

被告訴訟代理人は原告の請求棄却の判決を求め、被告が原告主張の日に原告主張の約束手形一通を振出したことは認めるが、原告主張の裏書譲渡呈示及び支払拒絶の各事実はいずれも不知と述べ、

抗弁として、

本件手形振出当時訴外遠藤初男は被告の代表でない取締役であつたから被告が本件手形を振出すには取締役会の承認が必要であるのに、被告は右承認なくして本件手形を振出したものであるから右振出は商法第二六五条によつて無効であると述べ、

原告の答弁事実に対して、原告の善意の点は否認する、原告は悪意の取得者であると附陳した。

〈立証省略〉

理由

被告が昭和二八年一二月一九日訴外遠藤初男宛に原告主張の約束手形一通を振出したことは被告の認めるところである。

原告本人訊問の結果によつて真正に成立したものと認める甲第一号証及び原告本人訊問の結果によると原告は右手形の満期前に訴外遠藤から右手形を白地のまゝで裏書譲渡を受け満期に支払場所に呈示したが支払を拒絶されたことを認めることができる。

被告は右手形は被告から被告会社の取締役である遠藤に対して振出されたもので取締役会の承認がないから商法第二六五条によつて右振出は無効であると主張するのでその点について判断する。

証人宇野喜重の証言、原告本人訊問の結果、及び原告本人の供述によつて真正に成立したものと認める甲第三号証によると被告は訴外宇野喜重の仲介で訴外新井孝次郎振出被告宛の約束手形で手形割引の方法で原告から金融を受けたところ右手形が満期に支払えそうになかつたので被告の取締役である訴外遠藤は原告に対して支払の猶予を求め右手形の書替方を申込んだところ原告は前記新井は未知の人であるので被告や右遠藤が責任を持つような手形にしてくれるよう要求しその結果甲第一号証の被告振出遠藤宛の約束手形一通が振出されたものであること、右遠藤は被告会社の代表者の松野誠の養子で被告会社の取締役であつたが原告は遠藤が松野の養子であることは知つていたが被告会社の取締役であることは知らないで本件手形の裏書譲渡を受けたものであることを認めることができる。

右の如く遠藤は被告会社の取締役であり本件手形の振出について取締役会の承認のあつたことはこれを認めるに足る証拠はないけれども、前認定の事実関係よりすると遠藤が宛名人となり原告に裏書譲渡したのは被告の原告に対する手形振出行為について保証の意味でなされたものと解するのが相当であるから会社の利益が取締役個人のためにギセイに供せられることを防ぐ目的で規定されている商法第二六五条は取締役個人が会社のために手形保証するときには適用されないと解すべきであり、本件のような場合も亦同条の適用のないものと解するのが相当である。

よつて被告の商法第二六五条による無効の抗弁は理由ないものである。

そうだとすると原告の被告に対する本件手形金額三五万円及びこれに対する呈示の日の翌日である昭和二九年三月二一日から支払済まで商法所定の年六分の遅延損害金の支払を求める本訴請求は正当でこれを認容し、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一)

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